あさ、出かける前にひといきついてテレビを見ていたら、放送大学のチャネルでおもしろい話をやっていた。How safe is safe enoughとスライドに表示されている。
このブログでもはるか以前に、消防が家に入った経路の話を書いた。セキュリティの講義ではどの程度のセキュリティレベルにするかということにはコストと重要度のバランスがあることを話している。ひとつしかない命の話では、なんだかんだといっても、命を失ってはそれで終わりとなる。買って済むものであれば、失っても買えば済む。また、AとBという選択があって、Aをとるのがいいが、Bは次善であるような場合もある。安全といってもいくつかのレベルがあるわけだ。
思考方法が単純になると、すべてよしかすべてダメかどちらかだと錯覚してしまう。しかし世の中の多くのことは、この中間のグレイゾーンで、どの程度どっちよりかという話が多い。ずっと以前の自然科学こちこちで、新しいアイデアの実現にこそ意味があるというような若い時代にはあまり考えなかった世界である。
どの程度安全であれば安全であると言えるのか、この意味の奥は深い。